歴代社長
創業家出身初代社長:山内房治郎
第2代社長:山内積良
第3代社長:山内溥
創業家以外の出身
現社長:岩田聡
任天堂の年表
1889年 - 山内溥の曽祖父、山内房治郎によって「任天堂骨牌」として創業。主な事業は花札の製造 1902年 - 日本で初めてトランプの製造を行う1929年 - 山内積良が2代目社長に就任
1933年 - 「合名会社山内任天堂」設立
1947年 - 「株式会社丸福」設立
1949年 - 山内博(のちに溥と改名)が代表取締役に就任
1951年 - 「任天堂骨牌株式会社」に社名変更
1953年 - プラスチック素材を取り入れたトランプを開発、販売
1959年 - ディズニー・キャラクタートランプを生産するためにウォルト・ディズニー・プロダクションとの取引を結び、販売
1963年 - 「任天堂株式会社」に社名変更、大阪証券取引所2部に上場
1965年 - 横井軍平が入社
1973年 - 「光線銃SP」(1970年発売)をアーケードゲームとして使う為、子会社の任天堂レジャーシステムを創立、ボウリング場跡地に「レーザークレー射撃場」を展開
1975年 - 任天堂レジャーシステムより、競馬の実写映像を使ったメダルゲーム「EVRレース」を発売。
1977年 - 『テレビゲーム15』、『テレビゲーム6』を発売。宮本茂が入社
1978年 - 任天堂レジャーシステムより、同社初のアーケードゲーム式ビデオゲーム「コンピューターオセロ」発売。続いて同年には3種類のブロックくずしが遊べる「ブロックフィーバー」発売
1979年 - 任天堂レジャーシステムより、スペースインベーダーのコピーゲーム「スペースフィーバー」発売
1980年 - 「ゲーム&ウオッチ」を発売、電子ゲームブームが起こる。ニューヨーク州に現地法人(NOA)を設立
1981年- アーケードゲーム『ドンキーコング』を発売
1982年 - NOAの規模を拡大し、ワシントン州シアトルに移転
1983年 - 家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」を発売。ソフトに恵まれ大ヒット
1983年 - 任天堂レジャーシステム、任天堂に吸収合併
1983年4月13日 - 公正取引委員会が任天堂に対し、電子玩具の小売価格を守らない業者への出荷停止はヤミ再販として排除を勧告
1985年 - ファミコン用ソフト『スーパーマリオブラザーズ』を発売。NOAがNintendo Entertainment Systemを発売
1986年 - 『vs. スーパーマリオブラザーズ』を最後に、アーケードゲーム事業から撤退。ファミコン用の周辺機器、ファミリーコンピュータ ディスクシステムを発売。同時発売ソフトは『ゼルダの伝説』。業務用ファミリーコンピュータ『ファミコンボックス』を発売
1989年 - 携帯ゲーム機「ゲームボーイ」を発売
1990年 - ファミリーコンピュータの後継機として「スーパーファミコン」を発売。旧西ドイツフランクフルトに現地法人(NOE)を設立
1995年 - 衛星データ放送(サテラビュー)サービス開始(1999年4月に撤退)。「バーチャルボーイ」を発売
1996年 - 「NINTENDO64(ニンテンドウ64)」を発売。「ゲームボーイポケット」、『ポケットモンスター 赤・緑』を発売
1997年 - ローソンにてゲームソフト書き換えサービス「ニンテンドウパワー」を開始。
1998年 - 「ゲームボーイカラー」を発売
1999年 - 「64DD」を発売。同機を利用したインターネット接続サービス「ランドネット」を開始(2001年2月28日に撤退)
2000年 - 本社を現在地に移転
2001年 - 「ゲームボーイアドバンス」、「モバイルアダプタGB」を発売。「ニンテンドーゲームキューブ」を発売
2002年 - 岩田聡が代表取締役に就任
2002年10月30日 - 欧州委員会が並行輸入妨害を行ったとして任天堂らに対し合計1億6780万ユーロの課徴金決定
2003年 - 「ゲームボーイアドバンスSP」を発売。ファミリーコンピュータ、スーパーファミコンの生産を終了。中国に現地法人神游科技を設立し、「iQue Player」を発売。「クラブニンテンドー」サービス開始
2004年 - 『ファミコンミニ』シリーズを発売。「ニンテンドーDS」を発売
2005年 - 「ゲームボーイミクロ」を発売。「ニンテンドーWi-Fiコネクション」サービス開始
2006年 - 「ニンテンドーDS Lite」、据え置き型ゲーム機「Wii」を発売
2007年 - 「ニンテンドウパワー」サービス終了


